「すべての」と言われたら(数値代入法)

前記事の「とびとびの\(x\)で成り立つ」と「すべての\(x\)で成り立つ」との関係を考えなくてはならない例として,次のようなものがあります。

\[\frac{2x^3-7x^2+11x-6}{x(x-2)^3}=\frac{a}{x}+\frac{b}{x-2}+\frac{c}{(x-2)^2}+\frac{d}{(x-2)^3}\]が\(x\)についての恒等式となるように定数\(a,b,c,d\)の値を定めよ.

教科書レベルのよく見る問題です。係数比較法で考えるのが一般的だと思いますがここでは数値代入法で見てみます。
\begin{align*}
&\frac{2x^3-7x^2+11x-6}{x(x-2)^3}=\frac{a}{x}+\frac{b}{x-2}+\frac{c}{(x-2)^2}+\frac{d}{(x-2)^3}\text{が恒等式}\\
\Longleftrightarrow~&\forall x \left[\begin{cases}x \neq 0 \\ x \neq 2 \end{cases}\longrightarrow \frac{2x^3-7x^2+11x-6}{x(x-2)^3}=\frac{a}{x}+\frac{b}{x-2}+\frac{c}{(x-2)^2}+\frac{d}{(x-2)^3}\right]\\
\Longleftrightarrow~&\begin{cases}x \neq 0 \\ x \neq 2 \end{cases}\Longrightarrow \frac{2x^3-7x^2+11x-6}{x(x-2)^3}=\frac{a}{x}+\frac{b}{x-2}+\frac{c}{(x-2)^2}+\frac{d}{(x-2)^3}\\
\Longleftrightarrow~&\begin{cases}x \neq 0 \\ x \neq 2 \end{cases}\Longrightarrow 2x^3-7x^2+11x-6=a(x-2)^3+bx(x-2)^2+cx(x-2)+dx\\
\end{align*}分母を払って得られた式を見るとこれはぜひ\(0\)と\(2\)を代入したい。しかし,上にあるように式\(2x^3-7x^2+11x-6=a(x-2)^3+bx(x-2)^2+cx(x-2)+dx\)が成り立つことが保証されているのはあくまで\(0\)と\(2\)でない\(x\)に対してであり,\(x\)が\(0\)と\(2\)のときにつにいては一切言及されていません。なので\(x=0\)と\(x=2\)を代入するわけにはいかない。

しかし,\(0\)と\(2\)以外の\(x\)は無限個あるので,当然相異なる\(4\)個の\(x\)でも\(3\)次式\(2x^3-7x^2+11x-6=a(x-2)^3+bx(x-2)^2+cx(x-2)+dx\)は成り立ちます。したがって前記事の定理により,\(2x^3-7x^2+11x-6=a(x-2)^3+bx(x-2)^2+cx(x-2)+dx\)はすべての\(x\)で成り立つ,すなわち恒等式であると言えます:
\begin{align*}
&\frac{2x^3-7x^2+11x-6}{x(x-2)^3}=\frac{a}{x}+\frac{b}{x-2}+\frac{c}{(x-2)^2}+\frac{d}{(x-2)^3}\text{が恒等式}\\
\Longleftrightarrow~&\begin{cases}x \neq 0 \\ x \neq 2 \end{cases}\Longrightarrow \frac{2x^3-7x^2+11x-6}{x(x-2)^3}=\frac{a}{x}+\frac{b}{x-2}+\frac{c}{(x-2)^2}+\frac{d}{(x-2)^3}\\
\Longleftrightarrow~&\begin{cases}x \neq 0 \\ x \neq 2 \end{cases}\Longrightarrow 2x^3-7x^2+11x-6=a(x-2)^3+bx(x-2)^2+cx(x-2)+dx\\
\overset{\text{定理}}{\Longleftrightarrow}~&\forall x\in \mathbb{R}[2x^3-7x^2+11x-6=a(x-2)^3+bx(x-2)^2+cx(x-2)+dx]
\end{align*}
これで安心して\(x\)に\(0\)と\(2\)が代入できます。あとは式が簡単になる\(1,3\)あたりを代入すればいいと思います。(逆の考察を忘れずに!)

係数比較法と数値代入法

等式
\[a(x+1)(x-1)+bx(x+1)+cx(x-1)=3x-1\]
が\(a\)についての恒等式となるように,定数\(a,~b,~c\)の値を求めよ.

(東京書籍 数学Ⅱ「式と証明」より抜粋)

この定番問題には2つのアプローチがあります。係数比較法と数値代入法です。教科書等の解答を見ると,「数値代入法」では「逆に~」という記述がある一方,「係数比較法」ではその種の記述は見当たりません。なぜか?これを論理式を用いて考察してみます。

(係数比較法)
\[
\begin{align*}
&a(x+1)(x-1)+bx(x+1)+cx(x-1)=3x-1\text{が恒等式}\\
\overset{\text{def}}{\Longleftrightarrow}~&\forall x\in \mathbb{R}[a(x+1)(x-1)+bx(x+1)+cx(x-1)=3x-1]\\
\Longleftrightarrow~& \forall x\in \mathbb{R}[(a+b+c)x^2+(b-c-3)x-a+1=0]\\
\overset{(\ast)}{\Longleftrightarrow}~& a+b+c=0 \land b-c-3=0 \land -a+1=0\\
\Longleftrightarrow~& a=1 \land b=1 \land c=-2\\
\end{align*}
\]

どの行を眺めても,恒等式の定義(どんな\(x\)についても式が成り立つ)と単純な計算による変形なので同値性は崩しておらず,問題ありません。
強いて言えば\((\ast)\)の\(\Rightarrow\)でしょうか。気になるのは。念のため証明してみます:

\((\ast)\)の\(\Rightarrow\)の証明

背理法で考える.
\begin{align*}
&\neg (\forall x\in \mathbb{R}[(a+b+c)x^2+(b-c-3)x-a+1=0]\\
&\Rightarrow a+b+c=0 \land b-c-3=0 \land -a+1=0)\\
\Longleftrightarrow~&\forall x\in \mathbb{R}[(a+b+c)x^2+(b-c-3)x-a+1=0]\\
&\land (a+b+c\neq 0 \lor b-c-3\neq 0 \lor -a+1\neq 0)\\
\end{align*}
すると\((a+b+c)x^2+(b-c-3)x-a+1=0\)の左辺は\(2\)次関数または\(1\)次関数または定数関数(ただし\(0\)でない)となるが,いずれにしてもすべての\(x\)で\(0\)と等しくなることなく,矛盾する.

証明終

次に数値代入法で考えてみます。

(数値代入法)

与式を\(f(x)=g(x)\)とおきます。

\[
\begin{align*}
&a(x+1)(x-1)+bx(x+1)+cx(x-1)=3x-1\text{が恒等式}\\
\Longleftrightarrow~&\forall x\in \mathbb{R}[f(x)=g(x)]\\
\overset{(\ast)}{\Longrightarrow}~& f(-1)=g(-1) \land f(0)=g(0) \land f(1)=g(1)\\
\Longleftrightarrow~& a+b+c=0 \land b-c-3=0 \land -a+1=0\\
\Longleftrightarrow~& a=1 \land b=1 \land c=-2\\
\end{align*}
\]

\((\ast)\)で同値性を崩しているので,逆(十分性)を確認する.すなわち,\[a=1 \land b=1 \land c=-2~\Longrightarrow \forall x\in \mathbb{R}[f(x)=g(x)]\]を確認しなくてはなりません:

\(a=1 \land b=1 \land c=-2\)のとき,\(f(x)=g(x)\)は,

\[
\begin{align*}
&f(x)=g(x)\\
\Longleftrightarrow~&(x+1)(x-1)+x(x+1)-2x(x-1)=3x-1\\
\Longleftrightarrow~& x^2-1+x^2+x-2x^2+2x=3x-1\\
\Longleftrightarrow~& 3x-1=3x-1\\
\end{align*}
\]

と変形でききますが,これは明らかにすべての\(x\)で成り立ちます。したがって恒等式です。十分性が確認できたので,\(a=1, b=1 , c=-2\)は必要十分条件であることが確認できました。

「『どんな\(x\)でも成り立つ』のなら都合のいい\(x\)を代入してやれ~」の精神で\(-1,~0,~1\)を代入するわけですが,そうして得られた命題はあくまで「\(-1,~0,~1\)という\(x\)で\(f(x)=g(x)\)成り立つ」ことを主張しており,「すべての\(x\)で\(f(x)=g(x)\)が成り立つ(\(f(x)=g(x)\)が恒等式である)」ことを主張してはいません。つまり必要条件にしか過ぎない。だから,逆の調査が必要なのです。以前紹介した\[P_1\Longrightarrow P_2\Longrightarrow P_3\Longrightarrow\cdots \Longrightarrow P_n\]と変形してから,\[P_1\Longleftarrow P_n\](十分性)を確認する,という考え方ですね。

これは教科書の問題ですが,こういった教科書例題レベルの問題にはこういった論理が潜んでいます。学び始めは,テスト等で点数を取るために「とりあえず展開して係数を比較すればいい!」と「解法」を記憶することで一杯一杯だと思いますが,このような背景にも目を向けておくこともまた大切だと思います。

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