数学的帰納法

前回の「任意」について思い出したことをひとつ.

次のような命題の証明について考えてみます.\(p(n)\)は条件,\(n\)を自然数とします.

\[\forall n~p(n) \tag{\(\ast\)}\]

この命題は,
\[\text{どんな\(n\)についても\(p(n)\)が真である}\]
ということですから,
\[p(1),~p(2),~p(3),~p(4),~\cdots~\text{が真である}\]
ことを証明する,ということです.(これが目標).これを証明するには,どうすればよいかを考えます.

まず,\[p(1)\text{が真である}\tag{A}\]ことを示します.続いて,\[p(2),p(3),\cdots \text{が真である}\]ことも同様に示していけばよい・・・と言いたいところですが,当然,無限回の考察は現実的には不可能です。そこで,天下りですが次の命題を考えます.

\[p(n) \Longrightarrow p(n+1)\tag{B}\]

この命題は,
\[\forall n[p(n) \longrightarrow p(n+1)]\]
すなわち,
\[\text{すべての\(n\)について\(p(n) \rightarrow p(n+1)\)が成り立つ}\]
ということですから,\(n=1,2,3,\cdots\)と代入して

\[
\begin{cases}
&\text{\(p(1) \rightarrow p(2)\)が成り立つ}\\
&\text{\(p(2) \rightarrow p(3)\)が成り立つ}\\
&\text{\(p(3) \rightarrow p(4)\)が成り立つ}\\
&\cdots
\end{cases}\tag{B’}
\]

と言い換えられることになります.この命題(B)(すなわち(B’))が証明できたとしましょう.そのとき,どのようなこことがわかるか,ご利益をみてみます.

「\(p(1) \rightarrow p(2)\)が成り立つ」について見てみます.真理値表
\(p(1) \rightarrow p(2)\)が真となる行に着目すると,次の①②③の3通りの状況が考えられます.


しかし,\(p(1)\)が真であることは既に(A)で確認済みなので,\(p(1)\)の列が偽となる②と③の状況は起こり得ず,結局①の状況しかありえません。この①の行を眺めると,\(p(2)\)も真であることが分かります.これで,\(p(1)\)と\(p(2)\)が真であることがわかりました.

同様に考えて,
「\(p(2) \rightarrow p(3)\)が成り立つ」ことから,\(p(3)\)も真となります.
「\(p(3) \rightarrow p(4)\)が成り立つ」ことから,\(p(4)\)も真となります.
「\(p(4) \rightarrow p(5)\)が成り立つ」ことから,\(p(5)\)も真となります.

となり,結局,\[p(1),~p(2),~p(3),~p(4),~\cdots~\text{が真である}\]であること,すなわち冒頭の命題\[\forall n~p(n) \tag{\(\ast\)}\]が証明されました.命題(B)を示すご利益は,ここにあったというわけです.

以上をまとめると,\((\ast)\)を証明するためには,命題(A)かつ(B),すなわち\[p(1) \land (p(n) \Rightarrow p(n+1))\]
を確認すればよい,ということがわかります.すなわち,

数学的帰納法\[p(1) \land \left(p(n) \Rightarrow p(n+1)\right) \Longrightarrow \forall n~p(n)\]

が言えることになります.これを数学的帰納法といいます.

ちなみに教科書では,「任意(\(\forall\))」を含む主張(述語論理)を頑なに扱わないため,この数学的帰納法を扱う際も

数学的帰納法を用いて,次の等式を証明せよ.\[1+2+3+\cdots+n=\frac{1}{2}n(n+1)\]

出典:高等学校 数学Ⅱ 数研出版

 

という,本来あるべき「\(\forall\)」「任意の」「すべての」という記述のない主張になっています.しかし,上で見たように,ここでは「任意の」「すべての」が主張の根幹であって,それを書かなければ何をさせたいのか,何をすべきなのかそのアウトラインが全然見えてこないと思うのです.だから,ここは

数学的帰納法を用いて,任意の自然数\(n\)に対して次の等式が成り立つことを証明せよ.\[1+2+3+\cdots+n=\frac{1}{2}n(n+1)\]

と出題すべきだと僕は思う.これを意図しつつも書いていないということは「空気読めよ」ってことなんでしょうか(これとかもそう…!).でも初めて学ぶ高校生ががそんなことわかりますかね….任意だのなんだの考えずにとりあえず「型」通りにやれってことかな?まあ,たしかにそっちの方が「あたりさわりなく」できるタイプは量産できるかもしれませんが.教科書のこういうところに個人的に?と思ってしまいます.

任意の

とある問題の証明を読んでいたら,こんな一文に出会いました.記号の意味はさておき,\(\delta(A),\delta(\overline{A}),\epsilon\)はいずれも実数です.

(中略) \(\delta(\overline{A}) \leq \delta(A) + \epsilon\).\(\epsilon\)は任意の正数だから,\(\delta(\overline{A}) \leq \delta(A)\).

 

(ここで理解が詰まる)

「任意」と言われたから,どんな正数でもOKですが,でかい数をもってきても結論の不等式が得られるとは思えませんから,めちゃくちゃ小さい数を持ってくることにします.\(\delta(A)\)に加えられる数\(\epsilon\)をめちゃくちゃ小さくしたとしてもやっぱり\(\delta(\overline{A})\)よりも\(\delta(A)\)の方が大きい…,ということは\(\delta(A)\)の方が大きいと言える…のか…??感覚的には納得できるような気もしないでもないですが,でも小さいとはいえ正数を加えられている以上それを除いてもやはり\(\delta(\overline{A})\)以上だ,なんて言えるのだろうか,とも感じられ,釈然としません.

議論に関係のない文字がうるさいので,ちょっと簡略化して書き直します.

\(a,b \in \mathbb{R}\)とする.
任意の正数\(\epsilon\)に対して\(a \leq b + \epsilon\)が成り立つならば,\(a \leq b\)が成り立つ.

こう書くとちょっと高校数学の証明問題ぽいですね.実際,いちおう数学Aの集合と論理を終えた高1生なら理解できる(証明できる)と思います.調べてみましょう.

証明

背理法で示す.証明したいことは
\[\forall \epsilon >0 [a \leq b + \epsilon ]\Longrightarrow a \leq b\]
であるから,否定をとると
\begin{align*}
&\overline{\forall \epsilon >0 [a \leq b + \epsilon ]\Longrightarrow a \leq b}\\
\Longleftrightarrow~&\overline{\overline{\forall \epsilon >0 [a \leq b + \epsilon ]} \lor a \leq b}\\
\Longleftrightarrow~&\forall \epsilon >0 [a \leq b + \epsilon ] \land a > b
\end{align*}\(a>b\)だから,\(a-b > 0\).また,\(\forall \epsilon >0 [a \leq b + \epsilon ]\),つまり\(a \leq b + \epsilon\)が任意の\(\epsilon > 0\)について成り立つから,ここでは\(\epsilon=\frac{a-b}{2} >0\)ととることにする.すると,\[a \leq b +\frac{a-b}{2} \Longleftrightarrow a \leq b\]を得る.これは\(a>b\)であることに反する.

証明終

この証明,知識としてはほぼ高校数学の知識しか使ってない上にとてもシンプルな論証なので,教科書では無視しがちな「任意の」を重要性を確認させる問題としていいんじゃないかな,なんて思いました.「任意の」と言っているのだから,都合のよい\(\epsilon\)を代入したところがポイントです.

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