解法と必然性 その2

前記事の証明は

証明
 
\(n=1\)のとき,\((3+i)^1=3+i\)は虚数.
\(n=2\)のとき,\((3+i)^2=18+26i\)より,実部と虚部を\(10\)で割った余りはそれぞれ\(8,6\)である.\((3+i)^n=\alpha+\beta i,~\alpha\equiv 8 \pmod{10},~\beta\equiv 6 \pmod{10}\)と仮定する.このとき,
\begin{align*}
(3+i)^{n+1}=&(3+i)(3+i)^n\\
=&(3+i)(\alpha+\beta i)\\
=&(3\alpha-\beta)+(\alpha+3\beta)i\\
\end{align*}ここで,
\begin{align*}
&3\alpha-\beta \equiv 3\cdot 8 -6=18\equiv 8\pmod{10}\\
&\alpha+3\beta \equiv 8 + 3\cdot 6=18\equiv 6\pmod{10}\\
\end{align*}
であるから,上の仮定のもとで\[(3+i)^{n+1}=\alpha^{\prime}+\beta^{\prime} i,~\alpha^{\prime}\equiv 8 \pmod{10},~\beta^{\prime}\equiv 6 \pmod{10}\]が成り立つ.したがってすべての\(n\in\{2,3,\cdots\}\)で\[(3+i)^n=\alpha+\beta i,~\alpha\equiv 8 \pmod{10},~\beta\equiv 6 \pmod{10}\]が成り立つ,よって\((3+i)^n\)は虚数となる.以上によりすべての\(n\in\mathbb{N}\)で\((3+i)^n\)は虚数となる.
 
証明終

となります。この解答の流れを図示すると,以下のようになります:


 
ここで「解法を覚える」ということはどういうことかを考えてみます。「解法を覚える」というと,上の図で示した解法を「パターン」として機械的に覚えるもの…と解釈する人は少なくないようです。しかし「パターン」として機械的に覚えるだけでは例えばなぜ冒頭でいきなり\(n=1\)と\(n=2\)をあのような形で別々に扱ったのか,なぜ\((3+i)^n=\alpha+\beta i,~\alpha\equiv 8 \pmod{10},~\beta\equiv 6 \pmod{10}\)と仮定しようと思いついたのか,その動機がまったく不明瞭なままです。実際の試験場では当然ながら自分にヒントを与えてくれる人はおらず頼りになるのは自分しかいないわけですから,その解法自体を思いつくためのきっかけ(必然性)こそが重要なはずです。

そこで改めて上の解答に至った経緯を見直してみます。「\(\alpha\equiv 8,\beta \equiv 6\)」と仮定したのは幾度かの試行錯誤の末得られたものでした。そしてそれにより「\(n=2\)のとき別個に調べる」必要が生じました。図示すれば,以下のようになります。


したがって,覚えるべきは流れは以下のようになります。

 

冒頭の図で示したような直線的な流れではなく,紆余曲折があり,そこから必然性が生まれる,ということです。覚えるのならば,この必然性を含めて覚える。数学における「覚える」とはこのような姿勢でなければなりません。

尚,このような「必然性」は,一般には解答・解説には載っていません。指導してれる人がいない限り,基本自分でそれを読み取らなければならない。だから数学の解答を読む際は「なぜ?」と問いかけながら,あたかも本と対話するように読むことが重要です。もし本の解答解説が必然性が感じられない,天下り的なものであれば,自分の手で発見的な解答に作り直す,くらいの気持ちをもつべきだと思います。

解法と必然性 その1

数学で得点できるようにするためにはどうしたらいいか?という悩みに対して,僕はどの生徒に対しても「まず解法を覚え,手数を増やすこと」と指示しています。「『解き方』を次々と覚えることが『数学』の学習といえるのか」という点においては疑問の余地がありますが,しかし現実問題として中高数学においては「限られた時間内に点数を取りきる」という使命が課せられていますから,結局のところこの姿勢は十分ではないにせよ確実に必要です。

「覚える」というと,例えば歴史の年号暗記や人物名の暗記のような固有名詞の力技の暗記が連想されますが,しかし数学における「覚える」というのは,そのような単純な作業ではなく,「なぜそうしようと思うのか?」という理解をも含めて覚える,ということを意味しています。

次の問題を例に考えてみます。

\(i\)を虚数単位とする.以下の問いに答えよ.
 
\((1)\quad\)\(n=2,3,4,5\)のとき\((3+i)^n\)を求めよ.またそれらの虚部の整数を\(10\)で割った余りを求めよ.

\((2)\quad\)\(n\)を正の整数とするとき\((3+i)^n\)は虚数であることを示せ.
 

(神戸大)

\((1)\)は計算するだけです。

\begin{align*}
&(3+i)^2=8+6i\\
&(3+i)^3=(3+i)(8+6i)=18+26i\\
&(3+i)^4=(3+i)(18+26i)=28+96i\\
&(3+i)^5=(3+i)(28+96i)=-12+316i\\
\end{align*}
虚部を\(10\)で割った余りはすべて\(6\)

問題は\((2)\)です。これは「すべての\(n\)で」ということなので,まず数学的帰納法であろうと思いつきます。いつも通りやってみます。

\(n=1\)のとき,\((3+i)^1=3+i\)であるから主張は正しい.\(n\)のとき主張が正しい,すなわち\((3+i)^n\)が虚数であると仮定する.

このとき,\((3+i)^{n+1}\)が虚数であることが示せればめでたしめでたし…なのですが上のような‘日本語による’仮定では計算ができず議論が進まないので,‘数式で’仮定しなおすことにします:

\(n\)のとき主張が正しい,すなわち\((3+i)^n=\alpha+\beta i\quad(\beta\neq 0)\)と仮定する.このとき,
\begin{align*}
(3+i)^{n+1}=&(3+i)(3+i)^n\\
=&(3+i)(\alpha+\beta i)\\
=&(3\alpha-\beta)+(\alpha+3\beta)i\\
\end{align*}

あとは\(\alpha+3\beta\)が\(0\)でないことが言えればいいのですが,しかし,手元の過程は\(\beta\neq 0\)のみであり,これだけでは\(\alpha+3\beta\)が\(0\)でないことは到底言えそうにありません。ここで,思わせぶりだった\((1)\)の結果:「\((3+i)^n~(n\in \{2,3,4,5\})\)の虚部を\(10\)で割った余りはすべて\(6\)」から,「\(\beta\neq 0\)」ではなく「\(\beta\)を\(10\)で割った余りが\(6\)である」と仮定すればよいのでは?と思いつきます(実際,\(\beta\equiv 6 \pmod{10}\)が言えれば,当然\(\beta \neq 0\)です):

\((3+i)^n=\alpha+\beta i,~\beta\equiv 6 \pmod{10}\)と仮定する.このとき,
\begin{align*}
(3+i)^{n+1}=&(3+i)(3+i)^n\\
=&(3+i)(\alpha+\beta i)\\
=&(3\alpha-\beta)+(\alpha+3\beta)i\\
\end{align*}

しかし,虚部は\(\alpha+3\beta\)であり,相変わらず手元には\(\alpha\)についての仮定は何もありませんから,上のように仮定したところでやはり\(\alpha+3\beta\neq 0\)は言えません。\(\alpha\)について何か欲しい。うーん。。。そこで,再び\((1)\)を眺めます。実部に着目すると,こちらは「\(10\)で割った余りが\(8\)」であることが予想されます。おっと,じゃあ仮定を強めて\(\alpha \equiv 8\pmod{10},~\beta\equiv 6\pmod{10}\)と仮定すればいいのでは?と思いつきます。すると…

\((3+i)^n=\alpha+\beta i,~\alpha\equiv 8 \pmod{10},~\beta\equiv 6 \pmod{10}\)と仮定する.このとき,
\begin{align*}
(3+i)^{n+1}=&(3+i)(3+i)^n\\
=&(3+i)(\alpha+\beta i)\\
=&(3\alpha-\beta)+(\alpha+3\beta)i\\
\end{align*}ここで,
\begin{align*}
&3\alpha-\beta \equiv 3\cdot 8 -6=18\equiv 8\pmod{10}\\
&\alpha+3\beta \equiv 8 + 3\cdot 6=18\equiv 6\pmod{10}\\
\end{align*}
であるから,上の仮定のもとで\[(3+i)^{n+1}=\alpha^{\prime}+\beta^{\prime} i,~\alpha^{\prime}\equiv 8 \pmod{10},~\beta^{\prime}\equiv 6 \pmod{10}\]が成り立つ.

うまくいきました。これで証明終わり!といきたいところですが,仮定を強めたので,数学的帰納法の‘連鎖反応のスイッチ’,つまり\(n=1\)の調査をやり直さなければなりません。しかし\((3+i)^1=3+i\)で実部も虚部も\(\mod{10}\)で\(8,6\)ではありません。そこで\(n=2\)のときを‘連鎖反応のスイッチ’にすることにします(\((1)\)で記述していますが):

\(n=2\)のとき,\((3+i)^2=18+26i\)より,実部と虚部を\(10\)で割った余りはそれぞれ\(8,6\)である.

\(n=1\)は別枠で示しておけばいいでしょう。これで証明が完成しました。(つづく)

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