記述について

命題\(p\)が真である

は自然ですが,

条件\(p(x)\)が真である

は少し違和感があります.なぜなら,真か偽かは\(x\)に入る値によって変わるからです.でもこの言い回しはしばしば目にします.「\(x^2 \geq 0\)が成り立つ(は真である)」とか.一般に,「条件\(p(x)\)が成り立つ(は真である)」と書くとき,これは「どんな\(x\)についても」という一言が省略されている,と考えられます.つまり,

条件\(p(x)\)が成り立つ

とは,

どんな\(x\)についても,条件\(p(x)\)が成り立つ

論理記号を用いて書けば,
\[\forall x~p(x)\]
ということです.

以上を確認した上で,

次の数列\(\{a_n\}\)の一般項を求めよ.\[1,~3,~7,~13,~21,~\cdots\]

出典:高等学校 数学Ⅱ 数研出版

の解答について見てみたいと思います.次は教科書の解答の一部抜粋です(式番号は僕がつけました).

(中略)

よって,\(n\geq 2\)のとき,\[a_n=\cdots=1+\frac{1}{2}(n-1)n\]
すなわち\[a_n=n^2-n+1 \tag{1}\]
初項は\(a_1=1\)なので,この式は\(n=1\)のときにも成り立つ.
したがって,一般項は\[a_n=n^2-n+1 \tag{2}\]

 

\((1)\)は,\(n \geq 2\)において成り立つ式であり,\((2)\)は\(n \geq 1\)において成り立つ式です.\((1)\)と\((2)\)は見かけは同じでも主張が違うことに注意せねばなりません.

もちろん,このことを文頭で「\(n\geq 2\)のとき」という一言で示しているわけですが,個人的にはこれら二つの式は違う主張である以上,そのことを数式としてはっきり明示すべきと思う.つまり,\((1)\)においては
\[a_n=n^2-n+1 \quad (n \geq 2)\]
と,そして\((2)\)においては
\[a_n=n^2-n+1 \quad (n \geq 1)\]というように(もちろん前後の日本語も微調整).でないとその辺の主張が弱い気がする.実際,学び始めの高校生はこの辺はかなり危ういはずで,\((1)\)まで進んで「とりあえず式が求まった!おわり!\(n=1\)のとき?細かいことは気にしない!」となる高校生は少なくない(自分もそうでした).それに,上のような記述をすることによって,いやいや,そういう「細かいこと」まで気にするのが数学なんだよ,という気付きにも繋がるだろうし.

さらに,記事冒頭に確認したように,何も書かないと「すべての自然数について成り立つ」という意味になりかねません.つまり,\((1)\)の式
\[a_n=n^2-n+1\]
は正確に書けば
\[\forall n\in \mathbb{N}[n\geq 2 \rightarrow a_n=n^2-n+1]\]
ですが,これを\((1)\)のように\(a_n=n^2-n+1\)と単独で見た場合,
\[\forall n \in \mathbb{N}~[a_n=n^2-n+1]\]
という意味になりかねない.

僕は以前「教科書の記述を型として覚えさせるのが大切なのだから,\((n\geq 2)\)など書かずに教科書の記述通りに書くべき」と指摘を受けたことがある.実際,確かに教科書とまったく同じ記述(型)でなければ安心できない生徒も少なくないようです.だけど,解答を「型」なるものとして学ぶとその「型」に嵌めようとするがあまりそこに思考が介在する余地が消え失せ,結果とんでもないミスをしでかすことがある(そら考えてないのだからアタリマエ).そもそも解答なんてのは採点者に対する説明責任を果たしつつ論理的な誤りさえなければどう表現したっていいわけで,ならば別に教科書に盲目的に従う必要もなく,採点者そして何より自分自身への誤解がないように記述すべきでしょ,と僕は思うのです.

ついでながらノートなんかもそう.ノートをとる際,教科書の解答と全く同じ記述になっているひとも多いと思う.でも,教科書とまったく同じ内容なら,綺麗に印刷されている教科書を読めばいいのであって,それをそっくりそのまま写すことに意味はあるのでしょうかね.ノートというのは,未来の,おそらくは内容を完全に忘れているであろう自分へのメッセージでもある.だからこそ,教科書をそのまま写すのではなく,完全忘却した頭で読んでもすぐに理解を再現できるように,そして誤解のないように,なるべく自分の言葉でくどいくらいに気を遣いむしろ冗長な記述であるべきだと僕は思うわけです.

というわけで,教科書を金科玉条のごとく写経するなんて堅苦しいことはせず,自分の言葉で,自分自身が納得できるように自由に記述しましょう.「教科書の記述の簡潔さを学ぶべき」という意見もありますが,記述としての簡潔さとかそんなのは結果的経験的に得られるべきもので,初学者が初めから狙う類のものではないと思います.ってかそもそも「簡潔」っていうのか,アレ…

「ならば」の否定

問題
\(a,~b\)を有理数とするとき,\(\sqrt{3}\)が無理数であることを用いて,「\(a+b\sqrt{3}=0\)ならば\(a=0\)かつ\(b=0\)」であることを証明せよ.

定番問題です。解答を見ると,次のように始まります。

\(b\neq 0\)とすると…

 

賢明な生徒であればここで「背理法かな?」気付くはず。それは正しいです。では,与えられた命題「\(a+b\sqrt{3}=0\)ならば\(a=0\)かつ\(b=0\)」の否定が「\(b\neq 0\)」ということでしょうか?…うーん明らかに違う気が。。

「\(a+b\sqrt{3}=0\)ならば\(a=0\)かつ\(b=0\)」の否定がどうなるかに注意しつつ,証明を作ってみます。与えられた命題は論理記号を用いて「\(a+b\sqrt{3}=0\Longrightarrow a=0\land b=0\)」と書けることに注意して,

証明(その1)

\[\overline{ a+b\sqrt{3}=0 \Longrightarrow a=0 \land b=0}\]と仮定する.
\begin{align}
&\overline{ a+b\sqrt{3}=0 \Longrightarrow a=0 \land b=0}\\
\Longleftrightarrow~ &\overline{\overline{a+b\sqrt{3}=0} \lor (a=0 \land b=0)}&(\Rightarrow \text{の定義})\\
\Longleftrightarrow~ &a+b\sqrt{3}=0 \land \overline{a=0 \land b=0}&(\text{ドモルガンの法則})\\
\Longleftrightarrow~ &a+b\sqrt{3}=0 \land (a \neq 0 \lor b \neq 0)&(\text{ドモルガンの法則})\\
\Longleftrightarrow~ &(a+b\sqrt{3}=0 \land a \neq 0 ) \lor (a+b\sqrt{3}=0 \land b \neq 0)&(\text{分配法則})\\
\Longleftrightarrow~ &\left(1+\frac{b}{a}\sqrt{3}=0 \land a \neq 0 \right) \lor \left(\frac{a}{b}+1\sqrt{3}=0 \land b \neq 0\right)\\
\Longleftrightarrow~ &\left(\frac{-3b}{a}=\sqrt{3} \land a \neq 0 \right) \lor \left(-\frac{a}{b}=\sqrt{3} \land b \neq 0\right)\\
\Longleftrightarrow~ &\bot \lor \bot\\
\Longleftrightarrow~ &\bot
\end{align}

したがってもとの命題は正しい.

証明終

\(\bot\)は矛盾命題を表します。

…では,模範解答の「\(b\neq 0\)とすると~」は一体何をしているのでしょうか?これはおそらく以下のようだと思われます:

証明(その2)

\[
\begin{align}
&a+b\sqrt{3}=0 \Rightarrow b=0 \\
\overset{(\ast)}\Longleftrightarrow~&a+b\sqrt{3}=0 \Rightarrow a+b\sqrt{3}=0 \land b=0 \\
\Longleftrightarrow~ &a+b\sqrt{3}=0 \Rightarrow a=0 \land b=0
\end{align}
\]
であるから,\[a+b\sqrt{3}=0 \Rightarrow b=0\]を示せばよい.この命題を否定すると\[a+b\sqrt{3}=0 \land b\neq 0\]であるが,
\[a+b\sqrt{3}=0 \land b\neq 0\Longleftrightarrow\sqrt{3}=-\frac{a}{b} \land b\neq 0\]これは矛盾である.

証明終

上の証明における\((\ast)\)は,(直観的にはまあ明らか,ではありますが)\[(P\Rightarrow Q) \Longleftrightarrow (P\Rightarrow P \land Q)\]という論理式によります。いずれにしても,ならば(含意)の否定というものを学んでいない以上,上のような証明は作りようがない。いきなり「\(b \neq 0\)とする」なんて言われても納得しようがないし,安易に納得してはいけない。ちなみにこの解答の脚注にはこんな一言が載っています。「結論が\(p\)かつ\(q\)という命題を背理法を用いて証明するときは\(\overline{p}\)または\(\overline{q}\)のみを仮定して矛盾を導けばよい」…でもそうすべき理由とその方針が正しい理由は?

まあ,ある程度はブラックボックス化するのはやむを得ないとはいえ,ここは端折るところではないのでは…と思います。さもなければそもそも\(P\Rightarrow Q \land R\)なんて命題の証明なんて取り扱わないで欲しい。生徒に説明するとき誤魔化すハメになりほんと迷惑極まりない。

 

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